遺伝学や進化の分野では遺伝的浮動という言葉が出てきます。
教科書ではさらっとしかふれていないので、なんとなくしかわからないという人も多いのではないでしょうか。
今回は遺伝的浮動について例も交えながら、わかりやすく解説して行こうと思います。
遺伝的浮動とは偶然による遺伝子頻度の変化
遺伝的浮動とは、対立遺伝子の頻度を偶然によって変えてしまうはたらきのことです。
対立遺伝子とは染色体の同じ位置にある遺伝子のことで、ヒトのような二倍体生物の場合は染色体を2本ずつ持つので、対立遺伝子を2つずつ持っています(性染色体に乗っている遺伝子は例外です)。
ヒトの場合の対立遺伝子の例をあげると、耳垢を湿らせる遺伝子と乾燥させる遺伝子があります。
このような対立遺伝子の割合は様々な要因で変わっていきます。一番有名なのが自然選択です。対立遺伝子のうち、持っていると生存や生殖に有利になるものがあり、その対立遺伝子の割合がどんどん増えていくというものです。
一方で、対立遺伝子を比べても大して有利不利がはっきりしないときがあります。このような場合に、「偶然に」対立遺伝子の頻度が変わってしまうことがあります。このように偶然によって対立遺伝子の頻度を変えている要因のことを遺伝的浮動と言います。
「なんで偶然にそんなことが起こるのか?」という疑問を持つ人は多いのではないでしょうか。遺伝的浮動は感覚的にはとてもわかりにくいものです。具体例を交えながら説明していきます。
確率を裏切る偶然
遺伝的浮動には偶然というものが深く関わっています。まず確率と偶然を理解するために、コインを投げて表か裏がでることを考えてみましょう。
コインの確率と偶然
コインの表が出る確率は、1/2です。表も裏も等しく出てくるはずです。100回投げれば、だいたい50回は表で、50回は裏が出てくるでしょう。
では、コインを2回投げたとき、1回は表で、もう1回が裏になるでしょうか?
必ずしもそうなるとは限りません。表が1回、裏が1回でるときもあれば、表しか出ないときや裏しか出ないときがあります。
コインの表(もしくは裏)が出る確率は、100回投げても2回投げても、1/2です。しかし投げる回数が少なくなると期待される確率が結果に反映されにくくなるのです。
つまり100回よりも2回の時の方が裏表がでる確率が1:1になりにくいように、試行回数が少なければ確率とはかけ離れた値になりやすくなります。偶然が期待していた確率を邪魔してくるのです。
遺伝子の伝わり方にも偶然が関わる
確率と偶然ということをわかりやすくするためにサイコロを例にお話してきましたが、遺伝子の伝わり方にもこの確率と偶然というものは関わってきます。
1000個体の集団で、生存や生殖に有利にも不利にもならない対立遺伝子AとBがあるとしましょう。対立遺伝子の割合がA:B=1:1の場合は、確率的にはその次の世代の対立遺伝子の割合も1:1になるのが自然です。
しかし、病気が流行って多くの個体が死んでしまい、10匹しか残らなかったとしましょう。この場合遺伝子の割合が確実にA:B=1:1になるでしょうか?
その保証はありません。先ほどのサイコロの例にもあったように10個体というすくない個体数の場合は、偶然にA:B=3:2にも2:3にもなることは十分あり得ます。
このような現象はビン首効果として知られています。
個体数が少ないと偶然は起きやすい
生まれてくる個体の数によって遺伝的浮動の起こりやすさは変わってきます。個体数が少ないほど遺伝的浮動は強く働きます。希少な遺伝子がなくなってしまうことを例に考えてみましょう。
個体数が多い場合
遺伝子Aは希少で、集団内の個体の10%しか持っていないとします。集団が1000匹だったとすると、遺伝子Aを持っている個体は100匹になります。
遺伝子Aがなくなるためにはその100匹が全滅する必要があります。
個体数が少ない場合
同じく遺伝子Aは、集団内の個体の10%しか持っていないとします。集団が10個体しかいないと、遺伝子Aを持っているのは1個体だけです。不慮の事故、病気などで偶然にこの1個体が死んでしまうことは十分あり得る話です。
集団が大きい方では遺伝子Aがなくなるには遺伝子Aを持った100匹が偶然全滅する必要がありました。一方で集団が小さい方では偶然1匹が死んでしまうことで遺伝子Aはなくなってしまいます。
集団が小さい方が遺伝子Aはなくなりやすそうだということがわかります。遺伝的浮動による偶然の遺伝子頻度の変化は集団のサイズが小さい時に強く働くことがよくわかります。
遺伝的浮動で進化が起こる
遺伝子頻度の変化=進化
遺伝的浮動は遺伝子の頻度を偶然によって変えていきます。
遺伝子頻度の変化は進化の定義の1つです。
そのため遺伝的浮動は進化に直接作用しているものだと言えます。実は生き物の進化は偶然によっても起こっているのです。
自然選択だけが進化の要因ではない
生き物は自然選択によって起こっていると理解している人はたくさんいるのではないでしょうか。生存や生殖の有利不利に関わる遺伝子は自然選択によって進化します。
しかし生き残ることに有利だったとか異性にモテやすかったという形質に関わる遺伝子だけに進化が起こる訳ではありません。そのような遺伝子には遺伝的浮動という偶然による進化が起こります。
参考文献
- 宮下直, 井鷺裕司, 千葉聡著:『生物多様性と生態学 : 遺伝子・種・生態系』, 朝倉書店, 2012.
- 池内昌彦, 伊藤元己, 箸本春樹監訳: 『キャンベル生物学 原書9版』, 丸善出版, 2013.
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