エピジェネティクスとは比較的最近注目されてきている生命現象です。ちょっと複雑な現象なのでわかりやすく解説していきたいと思います。
今回は分子的なメカニズムは無視して大体のイメージをつかめるようにしました。詳しい解説は別記事で解説しようと思います。まずはエピジェネティクスとはどんな現象なのかをざっくりと理解していきしましょう。
エピジェネティクスとは?
エピジェネティクスとは、遺伝子の塩基配列は同じなのに遺伝子の発現が変わる現象のことです。
そんなこと言われてもよくわからないなぁ……
かみ砕いていうと、塩基配列以外の要因で遺伝子のオンとオフを決めるしくみがあるということです。
遺伝子というと、DNAで記録されていて、それは文字の羅列で、それが情報だと思っている人が多いと思います。それは間違っていません。大正解です。
それを上書きするように遺伝子を使うか使わないかを決める機構があります。
そうそれがエピジェネティクス。
エピジェネティクスによって、遺伝子のオンオフは遺伝子が書かれているDNAがどれだけきつく折り畳まれているかによって決まります。
DNAがきつくコンパクトに折り畳まれていれば、そこに書いてある情報を読むRNAポリメラーゼが入っていけないので転写することができません。遺伝子はオフの状態です。逆に緩くたたまれていればRNAポリメラーゼが遺伝子を転写することができます。遺伝子はオンの状態になります。
ちょっとわかりにくくなってきましたね……
わかりやすくするために、遺伝子を本に書かれている情報としてイメージしてみましょう。
情報は書かれているけど、読めないページ
遺伝子を本に書かれている情報として考えてみると、ページを開くことでその遺伝子の情報を知ることができます。
ある遺伝子の情報を知りたければ、本を開いてページに書かれた文字を読むことで情報を知ることができます。
辞書みたいな感覚ですね。
しかしページとページがくっついて離れないところがあるとどうなるでしょうか?のり付けされて剥がれないような状態です。
ページを開くことができないので当然そこに書かれている情報は得ることができません。
これがエピジェネティクス で遺伝子がオフになっている状態です。
遺伝子の情報を知ることはできませんが、本にはちゃんと遺伝子の情報が乗っています。
しかしページの開きやすさが違うことでその遺伝子の情報が使われるかどうかが変わってしまうのです。
DNAの塩基配列で全てが決まらない
エピジェネティクスは、遺伝子の塩基配列が生き物の全てを決めるわけではないということを示しています。
個体はもともとは1個の細胞です。細胞が分裂を繰り返すことでたくさんの細胞になり、やがて1つの個体になります。
遺伝子の塩基配列が全てを決めるというならば、私たちの体を作っている細胞は同じ遺伝子を持っているので、全て同じ性質の細胞になります。これでは私たちの体はただの細胞の塊になってしまいます。
実際は様々な細胞が組み合わさって私たちの体はできています。筋肉の細胞、神経の細胞、皮膚の細胞など、上げ出したらきりがないほどたくさんの種類の細胞からなりたっています。
このたくさんの種類の細胞を生み出すしくみがエピジェネティクスと言われています。
細胞の種類ごとにオンになっている遺伝子の組み合わせが違う。つまりエピジェネティクスが違っているのです。
個体の発生に大きく関わっているエピジェネティクス
受精卵はエピジェネティクスが消去され万能性を持った細胞(すべての種類の細胞になることができる細胞)になります。生命のスタート地点で、いったんほとんどの遺伝子はオンになるということです。
この細胞が分裂して増えて、増えた細胞の一部がエピジェネティクスで細胞で使わない遺伝子も決めることでの特殊化した細胞が生まれてきます。
さらにこの遺伝子のオンオフは細胞分裂によってできた娘細胞にも受け継がれていきます。そうすることでたくさんの性質の違う細胞を生み出し、私たちの体を作り上げることができるのです。
万能細胞とエピジェネティクス
体を作りあげることにエピジェネティクスによる遺伝子の制御がかかっているという話は、裏を返すとエピジェネティクスの上書きを完全に消去して受精卵の状態に戻せば万能細胞を作り出せるということです。
これを応用しているのが、クローン細胞やiPS細胞です。エピジェネティクスがかかって分化してしまった体細胞を未受精卵に入れたり、特定の遺伝子の組み合わせを体細胞に入れることで核を初期化した状態に戻せることがわかってきました。
何にでもなることができる万能細胞は医療にとってはとても役に立つものです。新しく患者の臓器や組織を作れば、病気になった体の一部を取り替えることできるようになります。
さらに病気にも関わっている
がんにもエピジェネティクスは関わっていると言われています。
そもそもがんは細胞分裂が異常にたくさん起きることで起こる病気です。
細胞分裂に関わる遺伝子はたくさんありますが、細胞分裂をたくさん起こそうとする遺伝子と細胞分裂を抑えようとする遺伝子があります。
正常な細胞ではこれらの遺伝子の働きはちょうどよく調節されていますが、がん細胞では細胞分裂を抑制する遺伝子がエピジェネティクスによってオフになってしまっていることがあると言われています。
そうすると細胞分裂を十分に抑え込めないので、細胞が増えすぎてしまい、がんになります。
まとめ
今回はエピジェネティクスについてざっくりと説明してきました。
遺伝子は生命の設計図ということで遺伝子にばかり注目しがちですが、それらを使うか決めているエピジェネティクスも重要です。
体を形づくるにも、万能細胞を作るにも、がんのしくみを解き明かすのにもエピジェネティクスは関わってきます。
エピジェネティクスは生命を理解するのにとても重要な現象なのです。
参考資料
- エピジェネティクスとは? | 国立がん研究センター 研究所
- RESEARCH:ヒトから知るエピジェネティクスと進化 有馬隆博 | 季刊「生命誌」 | JT生命誌研究館
- 村田 唯、文東 美紀、岩本 和也 エピジェネティクス 脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/エピジェネティクス (2013)
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